社長ブログ

3月のこと・・

桜花爛漫の4月。

新年度も、元気いっぱい前進しましょう!

 いつもなら、新年度の楽しい話題となる

のですが、あえて先月のお話を・・・

 

先月の3月11日は、忘れもしない東北大

震災から7年、改めてお亡くなりになられ

た御魂のご冥福をお祈りするとともに、被

災地の皆様の一日も早いお心の安穏を

願う次第です。

 

当日は、各マスメディアでも特別番組が組

まれ、現在の被災地の状況を、様々な視点

観点から報道されていましたが、3日後の

3月14日の「朝日新聞」のオピニオン&

フォーラムに、東北学院大学名誉教授の

岩本由輝さんのインタビュー記事が掲載

されていました。

被災者でもある岩本教授の言葉に、考え

させられたこともあり、このぺージを借りて

一部掲載させていただきます・・・

長文になりますが、一考の機会となれば

と思います。

↓↓

『 復興 お仕着せの「絆」 』

東京五輪の名目に震災使う無責任さ

いまなお東北を収奪

(福島の被災地を歩くと「復興を実感でき

い」という言葉をよく耳にします)

教授 「よそから来た人が復興という言葉

を使う分には、みんな何も言わない。けれ

ど、原発被災の傷が残る福島では、私みた

いに地元の人間が 「復興している」なんて

いうと、とがった目をするんじゃないかな。

気軽に復興という言葉を発するのは、タブ

ーという感じがしますね。

(中略)

相馬の海では、今も取れない魚がある。

隣の飯館村は、戻った村民は人口の1割

です。復興したか?と聞いたら、多くの人

は首をかしげますよ」

(一方で7年が経ち、「自分たちは忘れら

れてないか」という危機感も感じられま

す)

教授 「忘れてはほしくないけれど、悲惨

なかたちでは覚えていてほしくない。そん

な気持ちがあるのでしょう。人間なら、悪

かったことは記憶していたくない。あまり

悲惨な状況を表に出したくない。という気

持ちはあるのかもしれません」

(2年後には「復興五輪」を掲げた東京

輪がかれます。福島を拠点に取材をし

ていると、盛り上がるのは国や自治体ばか

りで、被災者は冷めているように思います)

教授   「行政側は、景気づけに利用しよう

と思っているのかもしれません。でもそん

な事に乗れない気持ちの人は少なからず

います。

被災地の人間としては、ひとの不幸をキャ

ッチフレーズにしないでほしい。東京五輪

は、東京五輪として、やればいい。誘致活

動を始めたときは想定外だったのに、震災

と原発事故が起きたからといって利用する

のは、安直というか、無責任な気がする。

何事もなかったら、どんなキャッチフレー

ズをつかっていたのか。開催中だけは盛り

上がり、終わってみれば、もとの復興途上

の被災地が残っていたとなれば、目もあて

られない。 復興五輪だなんて、まるで東京

が復興するみたいだ」

 

7年前に戻れぬ哀れみの言葉は願い下げ

(復興の終着点のイメージにずれがあるの

しょうか)

教授 「私も津波で友人を失いました。

多くの被災者にとって、あの日より前にあ

った日常の生活が、津波で流された人も

放射線物質で汚染された 田畑も、すべて

戻ってくれば完全な復興といえるでしょう。

でも、そんなこと、できっこないとわかって

いる。わかっているけれど、それを目指す

気持ちになれることが復興なんじゃないか

な。

以前の平和な日常を取り戻すのが先決。

その先のことは、自分たちに何が必要かを

考えてきめればいい。国や役所が作文した

計画でどうにかなる。という話ではないんで

す」

(中略)

(安部政権は「福島の復興なくして日本の

再生なし」と言いますが、司令塔役の復興

相は、7年で7人目。本気でしょうか)

教授 「私はもともと共同体的なつながり

は嫌いなんだけど、『絆』という言葉には、

なにか上から目線を感じてしまう。自分の

所で心配のない人が、哀れみを持って絆

を強調しているのが見え見えで。そんなお

仕着せなら願い下げだって、思うんですけ

どね。被災地の現実は『絆でつながってい

る』 とかそんなもんじゃないんです。

   40年も前に飯館村史を書き、震災後も

村の歴史を研究する中で、傷つき悩む住

民の姿を見てきました。

原発事故は、地域も家族も、あらゆる関係

を分断してしまった。避難のために一家が

離れ離れになる。 避難所生活が定着し、

帰還が難しくなる。多額の賠償金をもらっ

た人を、もらってない人がねたむ。

原発の恩恵を受けていない6千人の村が分

断されて 7年、おそらく不可逆的な変化な

んですね。被災者自身、元に戻れる変化で

ないことに気づいていると思います」

(日本は一つと言いながら、絆が強調され

のは、現実では分断が進んでいるからこ

そ、なのかもしれません)

教授 「村落研究者として言えば、日本は

もともとばらばらなんです。

尾根筋1本、道1本隔てれば、言葉も文化

も違う場所があちこちにある。地域が、国民

が一つでほしいというのは、為政者の願望

に過ぎないのじゃないかな。あるいは幻想。

妄想かもしれない。

原発事故は、本来は隠れていた分断や断

絶を顕在化させたのかもしれません」

(朝日新聞 2018年3月14日掲載 )